この作品ですが、題名を忘れてしまったので、とりあえず題無しですみません。
自分の作品の題名忘れるほどアホなんです、私。
友達に問い合わせてみます(涙)



 一面の砂漠、見えるものは砂と瓦礫。地表の温度はとうに60℃を越していて、砂は燃えているように見えた。
「愚かな…」
 呟いて僕はふと足を止めた。そこには、まだ小さな女の子が倒れていた。
 まだ、息がある。僕は手早くその子を自分のマントで包み、抱き上げた。
 ここから一番近い街への降り口は…、そうだ、一番愚か者の多い地、TOKYO。
 地球の地表は今、砂で覆われ人間の生活には不適当な地と化した。それは総て人間の過ちであり、愚かとしか思えないものだった。しかし人間は粘り強い生き物だ。地上が住みづらくなると、地下を利用することを思いついた。こうして地球は穴だらけになり、愚行は繰り返された。
 僕は女の子をだきかかえたまま、TOKYOへの長い階段を降っていった。
 僕は救世主と呼ばれるもの。僕の仕事は人を支え道を拓くこと。僕は百年に一度こうして地上に降り立つ。そうして自分の仕事をしっかりとこなしてきた。しかし、このところの人々の愚行は目に余る。この者達を支え、助けることは最大の愚行と言えるのではないだろうか。僕はこうして自分の使命に不信感を抱き始めた。
 僕は、人間をもっとよく理解したい。


 この街には子供は要らない存在となったらしい。捨て子はあいつぎ、そうした子供の集まるところは毎日のように火がかけられた。
「まったく、クロ−ンばっかり残して、見る人見る人、どっかで見たことのある奴ばっか。どうして、新しい顔の人間の誕生を、喜ばないのかねぇ。頭は良くても、精神に異常をきたしてるとしか思えない奴ばっかじゃないか、あいつら…」
 あたしは本日の寝倉を整えながら、傍らのトキに話しかけた。
「そうだね…」
 トキは曖昧に微笑んだ。
 ここは、TOKYOの中でも瓦礫ばかりの廃墟。地上に続く長〜い階段のすぐ下にある。
 あたしの名はカナリア、そして、あたしらはロ−ド、孤児達が集まってできた集団。
「このままでは人間は滅びるよ。親達にとって、子供は要らない存在なんだろう? 愛を忘れた人間に、生きる道はないって、ばあちゃんはよく言ってたよ」
「みんな余裕がないんだよ、カナリア」
 トキは、落ち着いた口調であたしに説いた。
「そんなことないわ! カナリアのパパとママ、辛くても大変でも、お互いを愛しあって支えていたのよ。余裕がないなんて、嘘だわ!」
 どこでこの話を聞いていたのか、突然マオが走り込んできて言った。
「マオ、そうだね。辛いときこそ大切なのが愛だよ。大丈夫、マオ達がこの星を救ってくれれば、きっと人間は、滅びないよ」
 トキは、マオの頭をなでながら、そう言った。
 あたしの両親は、去年までこの孤児達の面倒を見ていてくれた。あたしも、そうしてここで一緒に育った。けれど、両親は火事で死んでしまった。孤児達を焼き払おうという、大人たちの放った火で…。焼け跡からはお互いがお互いを守るかのように、抱き合った亡骸が見つかった。
 あたしの両親は、ここの子達全員の両親でもあったんだ。ここの子達は、あたしの兄弟同然なんだ。あたし達は心に誓った。あたし達だけでなく、あたし達を守ろうとしてくれる大人まで排除しようとする奴等、絶対に許さない…。
「でも、トキ。あんたが一番、人間の滅びを願っているんじゃないのかい?」
 トキは違う。トキはいつの間にか、ここにいた。そういう子供は他にもたくさんいるけれど、トキの目にはここの子達とは違うもっと深い悲しみや憎しみが刻まれていたから…。
「ロ−ドの子供たちが、このまま育って、この星を治めるんだったら…、いいよ。このままでも…」
 トキは、マオをいとおしげに抱きしめてそう言った。
「育ててみせるさ。それがあたしらの使命だからね」


 滅ぼしてしまいたい。いっそこの僕の手で…。
 それは僕にとってタブ−。それは僕の仕事ではない。
 けれど、こんな光景は、本当に人間のすることなのか?こんな悪魔の如き振る舞い、人のすることなのだろうか…。 目の前で燃え盛る家、中からは子供の泣き声や悲鳴が聞こえる。そしてその光景を楽しげに眺める人・人・人…。 僕は、その家の中へと進んだ。本当は、このまま焼け死んでしまいたかったのかもしれない。そうすればもう、人間を助ける愚か者はいなくなるのだから。しかし僕の進む道に炎はなかった。僕は死んではいけない存在だから。火のほうが避けてくれる。僕は死ぬことは出来ない。たった一つの例外を除いては…。
 家の中に入り、僕はもう一度呟いた。
「…愚かな」
 炎に追い詰められ、息も絶え絶えな子供たちを見つけ、僕は、外の人間達に見つからない安全な場所へと、転送する。
 そして僕は、この燃え盛る家の真上へ浮き上がった。
「愚かなり人間よ。子の誕生を、神の贈り物よと喜んでいたのはいつのことか。愚民どもに差し伸べる手など、私は持ってはいない。滅びの道は、すぐそこぞ」


 また、孤児達の住む貧相な家に火がかけられた。そんな情報は毎日のように耳に入る。
「もうあたしは我慢出来ないよ。このTOKYOをあたしらのものにしよう。大人たちを、狡い大人たちを、この手で皆殺しにしてやる!」
 ロ−ドの子供たちを集めてあたしはそう言った。別にみんなを巻き込むつもりはない。あたしの堪忍袋の緒が、切れたんだ。
「僕も、行くよ」
「えっ?」
 あたしの隣に行儀よく座っていたトキが、同行を申し出た。びっくりした反面、どこかで分かっていたのかもしれない。トキの瞳にはいつも大人たちへの深い憎しみが静かに燃えていたから。
 他にも同行を申し出るものの中から、ある程度腕の立つもの、銃を使えるものを選び、また数名をロ−ドの警備に残しあたし達は出かけた。
「僕は、銃も剣も要らないよ」
 武器庫から、ありったけの武器を出してきたあたし達に、トキは言った。
「トキ、それは…」
 あたしが聞き返そうとすると、トキはそれを遮って、
「僕は自分の身は自分で守るし、死ぬつもりはない。それで、良いでしょう?」
と笑った。
「でもトキ、武器もなしにどうやって、身を守るって言うの?」
「その時が来たら、分かるから…」


 嘘だ嘘だ嘘だ…。こんなのが僕のしてきたことなのか。こんなことになるならば、僕はどうしてこの星へと降り立ったんだろう。僕は、僕はこの青い星が気に入って、この星を助けるため降り立ったのではなかっただろうか。そして、この星に住む人間の温かい心に感動して、この人達の力になろうと思ったのではなかったか。
 少女を抱きなおした僕は、少女の口に少量の水を流し込み、様子を見ると、再びこの子を休ませるところを捜した。そうして歩いていれば、僕の身も少年の姿をしている所為か、周りの連中は僕に罵声を浴びせ、時には暴力を加えてくることさえあった。
 誰か、嘘だと言ってくれ、あの美しい星は、人々の温かい心は、こんなにも醜く成り果てたのか。
 鋭い刃を振り上げ、切りかかってくる人間を見て、僕は印を結び呪文を唱えた。
     トキ
「我が剣、時間渡りよ、我、トキの名において召喚す、我が前にいでよ!」
 この星には剣召喚の術はない。突然の剣の出現に、人々は慌てふためき逃げて行った。剣の召喚の際にずり落ちた少女を抱きなおし、僕は時間渡りを消した。
 …僕の名はトキ。はるか昔から、この星を愛し、守る者。
「貴方様が、救世主様なのですね…?」
 歩き出した僕の後ろから、しわがれた声がかかった。僕が振り向くと、そこにはかなりの年月を生きたと思われる老婆が一人、立っていた。
「僕は、もう救世主などではありません。人間を滅ぼしにきた死神、かもしれません」
 僕は項垂れた。
「そうじゃのう。この星の人間はもう、心が汚れすぎてしまったのやもしれぬ。それを滅ぼすことさえも、救世主様の仕事なんではありませぬかのう」
 老婆はそう言って、しわくちゃの顔をさらにしわだらけにして笑った。
 ほっとした。まだこんな人間もいた。そのことがとても嬉しかった。
「申し訳ないのですが、地上でこの少女が倒れていたんです。休ませる場所を知りませんか?」
「それなら、ほれ、あそこに見えるのが私の家ですじゃ。あそこまで連れていってやれば、うちの孫が手当してくれるじゃろうて…」
 老婆の親切に礼を言い、歩き出した僕は、ふと老婆を呼び止めた。
「貴女は、どちらへいらっしゃるんですか…?」
 地上へと続く階段のほうへ歩き出していた老婆は、ゆっくりと振り向き、
「そろそろ私も生きすぎましたでのう。死に場所を探す最後の旅へ、出ようかと思っておりますのじゃ」
と言った。
「そんな…!」
 引き止めかけて僕は、口ごもってしまった。僕には彼女の命の光が、今にも消えようとしているのが見えてしまったから…。
「良いんじゃよ。もうこの世に未練はないのでのう。ただ、貴方様はもう少し、この世の人間と接してみてはどうですじゃ。貴方様の信じたものが、見つかるやも知れませぬぞ」
 そうして老婆は歩いて行った。
 僕はしばらくその場に立ちつくしていた。


 考えてみれば、いつだって、トキは他の子と違っていた。妙に大人びた物腰や、仕種、そしてあの瞳。何もかもを見透かすかのような瞳に、静かな憎しみと悲しみの炎を灯して…。
 夜の闇に紛れ、このTOKYOにおける最高権力機関、『都庁』の近くへと移動してきたあたし達は、先行し様子を見に行っていたトキと合流した。
「警備はそんなに厳重じゃないよ。でも厄介なのは警備コンピュ−タ−だね。あれさえ味方にできれば何とかなるかもしれない…」
 最近になって判ったことだけど、トキはとても頭が良いようだ。見かけよりも運動神経も良いし完璧という人間がいるならば、トキのような人をさすのだろうとあたしは思っていた。
「何か方法を探さなくちゃ…」
 あたしがそう言ってトキのほうを伺い見ると、トキは静かに頷いた。
「トキってコンピュ−タ−も動かせるんでしょう? すっご−い!」
「マオッ!?」
 いつの間に潜り込んだのか、あたしのエアバイクにくくりつけた荷物の中から、マオが頭を出した。
「マオ、おうちでおとなしく留守番してるって約束だったじゃないか…」
 珍しくトキも怒った顔をする。そうだ、これから私達は戦いに行くんだ、生き残れる可能性のとても薄い戦いへ…。
 マオはトキの様子に驚いて、そして少し脅えた。
「トキ…、怖いよ…」
 トキさえも余裕がなくなるようなこの事態を、あたしはどうして良いのか全く判らなかった。けれど何とかしなくちゃ、あたしはロ−ドのリ−ダ−なんだから。


 そこは、とても人の住む場所ではなかった。けれど、一番人々の暮しになくてはならないはずのものが、そこにはあった。
 僕は少女にかぶせていたマントをかぶりなおし、その家の、ドアらしきものをノックした。
「ハ−イ!」
 元気な声と共に出てきたのは十五、六の少女だった。この子があの老婆の孫であろうか。
「この子が地上で倒れていたのですが、手当して下さいますか?」
 僕はそう言って、抱えていた少女を差し出した。
「地上で? じゃあ熱射病だね。うん、少し涼しいところで休ませれば良くなるよ」
 少女を受け取り、優しく抱き上げた彼女は、僕を中へと促し奥へと消えた。
 しばらくして戻ってきた彼女は、カナリアと名乗り僕の名を尋ねた。
「今は、聞かないでおいて下さい。もしまた、会うことがあったら名乗ることにしましょう…」
 僕は、カナリアに少女のことを頼み、早々にこの家を出た。
 僕はもっとこの星のことを知らなくちゃいけない。この、TOKYOだけでなく、たくさんの都市を知り、たくさんの人を知らなくちゃいけない。
 そして一年と少し後、後悔と焦燥感に打ちひしがれ、多くの悲しみをこの目に焼きつけて、僕は再びTOKYOへ降り立った。
 希望はここにしかない。僕は、ここの希望の灯にかけてみようと思う。そしてもし、この灯が消えたなら、今度こそ僕は人間を滅ぼすであろう。
 最後の選択肢は、人間達自身の手にかかっている…。


 腕のたつ者…、といっても十二、三才の子供のこと、心配なことだらけ。けれどトキは笑って言った。
「大丈夫。信じていて…」
 トキは信用のおける子を三、四人連れて再び先行した。ロ−ドの男の子達に剣を教えたのはトキだから、トキが大丈夫と言うのなら信じられる。
 既にロ−ドのリ−ダ−は、あたしではなくトキかもしれない。あたしにはあんな判断力はとてもないし、コンピュ−タ−を動かせる頭も、剣を思うまま操れる技もない。けれど、あたしはあたしのできることをする。今は泣き言を言うときなんかじゃないから…。
 トキは先行して内部に潜り込み、警備コンピュ−タ−に接触することになっている。あたし達はそれを待って、合図と共に中央突破すれば良いんだ。
 マオはここに、連絡係と一緒に残していくことにした。そしてあたしと約二十名の子供だけの革命軍は、トキからの合図が出る約三十分の間を、永遠のように長く感じながら待機していた。
 突然の爆音、これがトキからの合図。
「行くよっ!」
 あたしのかけ声と共にあたし達は、自由を勝ち取る、そして大人の身勝手への反抗を表す戦いへと、身を投じた。

 焼け跡に立てられた小さなほったて小屋、一年前にもまして人の住む場所ではなくなっている。
「どうして分からないんだ。生きるために必要なもの、本当に大切なもの、どうして分からなくなるんだよ!」
 僕は苦しくて、悲しくて、その場にしゃがみこんだ。
 僕は誰よりもこの星が、この星に生きる人間が、好きだったんだ。自分の大事なものを守るために、自分の夢を叶えるために額に汗して働いたり学んだりする、そんな一生懸命な姿が好きだったんだ。
 なのに、なんで…、
「お兄ちゃん、大丈夫? おなか痛いの?」
 突然の頭上からの声に、僕は驚いて顔を上げた。
 そこにいたのは、あのとき砂漠で倒れていた少女だった。 …良かった。元気になったんだ。
「大丈夫だよ。僕はトキっていうんだ。君の名前は?」
 自然と笑みがこぼれる。どんなに迫害したって、どんなにこの場所を汚したって、ここにある光りは決して鈍らない。変わらない優しい空気と、暖かい笑顔。人々が忘れてしまった大切なものは、当たり前のようにここにある。
 僕が好きな人間は、もう、ここにしかいない。
 少女はニッコリと僕に笑い返すと、自分の名はマオというのだと教えてくれた。
「ねえお兄ちゃん、一緒に遊ぼう?」
 マオに誘われて一緒に走り出した僕は、今までかぶっていたマントを脱ぎ捨て、そしてある決意をした。
 この子達を助け、導こう…、僕の命にかえても。
 僕の命が消えるとき、それはある禁を破るとき。あってはならないことだけれど、僕はもう、生きていることに疲れてしまっているのかもしれない。僕は多くの悲しみばかりをこの一年間見続けてきた。僕だけでなく、この星も、生きることに疲れているのではないだろうか。
 けれど僕は、ただ見守るだけの傍観者ではいたくなかったんだ。エゴかもしれないけれど、この星が滅びるのだけは見たくないんだ。
 だから僕は、この希望の光を導こう。この光だけは消させない、この、命に賭けて…。


 取り返しのつかないことをあたしはやっているのかもしれない。子供たちの手を汚い大人達の血で汚すことは、間違っている。
「トキッッ!! やっぱりあたしには出来ない。トキ、助けてぇ…」
 あたしはその場に泣き崩れた。
 あたしはなんて馬鹿なんだろう。自分で決めて、行動したことなのに、その責任も取れないなんて…。
「カナリア、それで、良いんだよ…」
 トキの声が聞こえた気がした。その時、
「カナリア−っっ! 助け…キャアアアアッッッッ!!」
 マオの悲鳴に驚いて振り返ったあたしは、一瞬そこで起こっていることが何なのか分からなくなった。
 赤い、真っ赤な血で染まったあたしのエアバイク。傍らに立つ大人。その手に持っているものは…、
「イヤァ− ッッッッッッッッッッッッッッッ氈v
 自分の悲鳴が、何故かとても遠いもののような気がして戸惑う。
 あれは何? あれは何? あれは何? あれは何? あれは何? あれは何? あれは何? あれは何?
 それを見ないようにあたしはギュッと目をつぶって、それでもたりなくて手で頭を覆った。
 理解なんてしたくない。答えなんて欲しくない。
「わが剣、時間渡りよ。汝の力、汝の主である我、トキが解き放つ。真の力を以て我が前にいでよ!」
 …トキの声? あたしは怖々と顔を上げた。
 そこに立っていたのは、間違いなくトキだった。トキはあたしが今まで見たこともない、美しい剣を手にし、その周りは、神々しい、けれどどこか優しい光に包まれていた。
「我が忠告は、役には立たなかったようだ。時間渡りよ、汝の力を以て、時間を戻せ」


 時間渡りの力を開放し、時間を戻すこと、それはまさしく禁呪。
 僕は、内部の警備コンピュ−タ−を占拠した後、中央の管理システムにアクセスをして、このTOKYOを、ロ−ドの子供達しか管理できないようにしておいた。ただ一つ心配だったのは、怒りという感情が人間の心を曇らせるということ。だから、わざとカナリアに中央突破してくれるように頼んだ。カナリアはとても優しい心を持っているもの。子供達の手が大人の血で汚れること、目の当りにすればきっと、戦いの愚かさに気がついてくれるだろう。
 僕の期待通りカナリアは、戦えなかった。自分の愚かさに気づき、そしてマオの死により取り返しのつかない自分の過ちを知った。きっとカナリアは、この星を救ってくれる。大丈夫…。
「カナリア、僕はこの星、そして君達人間が大好きなんだ。そのことだけ、忘れないでいて…。この星を救って下さい。僕は、カナリア達を信じているから。後は、任せたよ」
 カナリアのお祖母さんのように、僕ももう、生きすぎたんだ。でも、確かに僕は、ロ−ドの子供達の中に僕の信じたものを見つけました。
 カナリア、この星に君達を助けるものはいなくなってしまうけれど、頑張って。


 あたしの目の前で、トキは光となって消えた。最後にあたしに向かって、
「ありがとう、そして、さようなら…」
と、微笑んで…。
 そして、あたしの腕の中には、いつの間にか、マオが抱かれていた。
「マオ! 良かった…」
 あたしがマオをギュッと抱きしめると、マオは笑って、「トキがね、幸せになってねって、言ってたの。とっても優しい笑顔でね、私、安心したの」
と言った。…ト…キ…。
「カナリア!! 早く中に入って!!」
 トキと一緒に行ったはずの男の子が、あたしを呼んだ。慌ててマオを抱き抱えたまま、都庁の中へ入ると、そこにはロ−ドの仲間が一人も欠けず立っていた。
「トキがね、呼んでて、みんな集まったら、いつの間にかここにいたの…」
 家で待っていたはずの小さな女の子が、一生懸命説明してくれる。
 トキは、ばあちゃんの言っていた救世主様だったんだ…。あたしは、理由はないけれどそう確信した。
「トキが、この都庁は僕達のものだって言ったんだ」
 先刻あたしを呼んだ男の子がそう言って、手紙のようなものを差し出した。
 あたしはそれを受け取リ、宛名がロ−ドのみんなへとなっているのを見て、声に出してそれを読み始めた。
「中央の管理コンピュ−タ−にアクセスして、このTOKYOの代表者を、カナリアに書き換えました。あとはロ−ドのみんなで力を合わせて、このTOKYOを再び美しい街へ変えて下さい。そしてこの星を美しい星へと…。僕はそれを見ることは出来ないけれど、その様子は目に浮かぶようなので、思い残すことは何もありません。これからのこの星の行く末は、貴方達にかかっています。こんな大役を、貴方達の小さな肩に乗せるのは気が退けますが、それでももう、頼りは貴方達しかいないのです。この僕の愛する星を救って下さい。お願いします。最後に、僕は貴方達にあえて本当に良かった。幸せなときを本当にありがとう。大好きなロ−ドのみんなへ、…トキ」
「トキ、どこ行っちゃったの? カナリア…?」
 手紙の最後のほうを読みながら泣きだしたあたしに、マオが尋ねる。あたしの様子にただならぬ気配を察したらしく、あたしの洋服をつかんだ小さな手が小刻みに震えていた。
「トキは…、ね、いつも、側にいるよ。あたし達のこと、見守っててくれるんだよ。だからみんな、トキのお願い、叶えてあげようね」
 最後のトキの笑顔を、あたしは決して忘れない。あんな幸せそうな笑顔されたら、貴方の死を悲しむほうが悪いみたいに感じちゃうじゃない。
 さあ、頑張らなくちゃ。未来はあたし達の肩にかかっている。トキの愛するこの星を、美しい姿に戻せるように。なんて言ったって、あたし達は救世主様に希望を託されたんだもの。

 …忘れないで、苦しいときこそ思いやりや、愛が大切だってことを。忘れないで、笑顔を…。

                                   1997、03、24   後記