何で人間って死にたいって思うんだろうね
死を直前にすると誰もが生きたいって思うのにね
つらい
       悲しい
                 苦しい
                         淋しい
                こんな思いはもうたくさん


でもね                                                
   どうしてつらいの?                                        
        どうして悲しいの?                                   
             どうして苦しいの?                              
                  どうして淋しいの?                         

人の死   00、09、30
何でこんなに白いんだろう。何でこんなに冷たいんだろう。
呆然と立ちすくむ。
以前会ったときは元気そうに笑っていた。一緒にお話したよね。
知っていますか??人が死ぬとどうなるかを。遺されたものの慟哭を。
ARIKAは大事な人を亡くしたことが二度ほどあります。半年ほどのうちに二人とも逝ってしまいました。呆然としました。それ以来死ぬことを考えたことはありません。たぶん(苦笑)
お通夜ってコトバを紡ぐ人間にとって本当にいろいろなことを考える良い機会だと思います。不謹慎に聞こえたらごめんなさい。でも、そうして考えたことを誰かに伝えていくことが言葉に魅せられた人間の使命ではないかと思うのですよ。そして、生きていることとはどういうことか、絶対考えなきゃダメ。
ああ、今日は言葉が思いつかない。いっぱいいろいろ書いたから・・・・・・。また後日日を改めて書きたいと思います。これは、いいかげんに書いていい問題じゃないからね。



年齢を重ねなくなるということ     00、12、13
  今日はhideこと松本秀人氏の誕生日です。誕生日なのに、彼の年齢は増えません。毎年毎年、この日を迎えるたびに彼との年が縮まっていく気がするのです。そうやって、彼と同じ目線になった時、私は何を思うのでしょうか。少し楽しみなようで、とても怖いです。私がこれまで生きてきて、何ができたかと考えれば、それほど大したことをしでかしたこともない。平凡に生きてきたような、そうでないような。よく人は、自分は何のために生きているのだろうと考えますが、その答えをはっきりと出すことができる人はとても少ないのではないでしょうか。では、その答えがなくては人は生きていてはいけないのでしょうか。そうではないと思います。平凡な毎日でも、様々な人に出会い、話し、小さな波紋が起きている。そんな小さな波紋が、生きていることじゃないかな、ってARIKAは思います。ARIKAはね、人は怖いけど、包んでくれる大事な生き物だと思っています。人と人が関わりあって生きていること、これってとてもすごいことじゃないのかな。各々の意見、好み、それらすべての情報を交換し、お互いを高めあうことができる。人と触れ合える、影響し合える、それはARIKAの「生きててよかった」です。
  少し、話がずれちゃったね。最近ARIKAは、本気で死にたいと思うほど辛いことがないんですね。だから、もしかすると心の痛みに鈍感になってるかもしれない。だから、今死にたいって思ってる人にちゃんと理解してもらえる言葉が出せないかもしれない。それが、今一番怖い。ARIKAだって、毎日のように死にたいと思っていた時があった、それは確かなの。でも、その時の気持ちは、その時の私のものであって、今の私は幸せというオブラートで包んできっと忘れちゃっているものなの。でも、人間って不安定な生き物だからね、きっとまたそういう気持ちになる時があるかもしれない。でも、はっきり言えるのは「死んじゃだめだよ」ってこと。未来のそうなるかもしれない自分を含め、「死にたい」人たちに言いたいこと。死んじゃだめ。ARIKAが死にたかったとき、思い浮かべたのは親と友達のこと。ほら、貴方にもいるでしょう??自分が死のうとしたら怒ってくれる人、自分を責めてくれる人。あのね、死んだら悲しむだろうなぁっていうのは、漠然としてて思いとどまるのにはちょっと軽かった。だけど、「なんで何にも言わず死を選ぼうとするの!?」って怒るであろう友達や、こうなる前に何かできたのではないかと後悔する親や友達の姿が思い浮かんだの。その姿が、鮮明に浮かんだARIKAは幸せなんだよね。でも、誰にだっているんじゃないのかな、気付いていないだけではないでしょうか。ARIKAは自分が幸せだとわかってる。でも、不幸だと思っていた時もあった。そのときだって今思えば幸せだったんだよ、気付かなかっただけ。ねえ、他人の幸せと自分の幸せは違うんだよ、自分の幸せは、自分が幸せだと思えること、自分を幸せにしてあげること。自分を大切にしてあげること。
  ひとつだけ私が知っている、ちょっと恥ずかしいけど自信過剰的な真実を教えてあげる。私が幸せで、元気いっぱいでいるだけで私の友達や恋人も幸せになれるんだ。だって、私も幸せそうな友達や恋人を見ているだけで幸せになれるもの。みんなで幸せになろうよ。きっといつか、ふと口をついて出るよ、「生きててよかった」って。



世界が壊れてしまえばいい      00、12、19
  今日、アニメの最遊記で、子供が口に出した言葉。昔からある西遊記と主要キャラの名前は一緒なんで、猪八戒がいるんですけど、その人が子供のころそう考えていて、そして現在、久しぶりに子供時代を過ごした町に戻ってきたお話。彼が子供時代を過ごした孤児院にやはりおんなじようなことを言う子供がいた。っていうまあ、ありがちっちゃあそんな内容なんだけど。で、その子に八戒は「死ぬんなら勝手に一人で死ねばいい、他人を巻き込むな」とか言うんだけど、ARIKAも同感だと思いました。自分が最低最悪な境遇に陥った時、人間はしばしば「なんで自分だけがこんな目に会わなきゃならないんだ。こんな不公平な世の中壊れてしまえばいい」と思ってしまったりします。でも、自分には自分のことばかりが不幸に見えるのかもしれないけど、本当はどんな人だっていろんな苦しみを背負ってる。そんな苦しい人生の中で小さな幸せを探して、幸せになってる人の微かな灯火を、消して良い権利は誰にもないよね。幸せをつかんでいる人っていうのは、決して運が良いだけじゃない、恵まれてるだけじゃない、自分だって努力してるんだ。そんな他人の努力や強さを、見えないからといって他人が踏みにじることを許してはならないと思います。そして、見えないものを蔑ろにする人にならないで下さい。あ、これってちょうどSIMONさんからのリクエストワードと一緒ですね。人の痛みって、一番見えないものだと思うんです。でも、人と人との関係を形作っていくにあたってより近い関係になるにはその、目に見えないものを感じ取ることができるようになることが、大事だと思うんですね。
  さて、本題に戻りますけど、世界が壊れちゃったらどうなるんでしょうか。もし、自分自身の世界を壊すということだと考えると、ARIKAは、良い意味では世界は壊してなんぼだと思います。たくさんの人と出会い、たくさんの言葉を交わし、意見の交換をしていくと、自分の凝り固まった価値観なんて何の価値もないものではないでしょうか。たくさんの影響を受けて、自分で自分の世界を壊しては構築していく・・・それが人生ってやつではないでしょうか。ただ、ここで大事なのはそれでも自分の世界を構築するのは自分自身であるということ。責任は自分にあるということ。人の所為にして逃げるような人生を送ってる人は、それって協調性豊かなわけじゃないからね。ただ、勇気がないだけじゃない。自分の世界ぐらい、いくらでも壊したって作り上げることできる自信を持ってよ。せっかく生きてるんだもん、大丈夫、不安なのは誰も同じ。でも、特にこうやってネットでいろんな人と接してるとわかるけど、自分と同じようなこと考えてる人だってどこかにはいるよ。もちろん星の数ほどいろんな考えがある。だから、自分でなりたい自分へと、突き進んだっていいじゃない。いろんな人と接して、いろいろな考えを吸収して、次々と変わる自分の理想を追いかけていこうよ。おっと、書きたいことが暴走してる(笑)そして、本当に世界を壊しちゃったら、どうなるか。きっと人はそれでも力強く生きていくんだろうね。それこそ弱肉強食。きっと世界を壊してしまいたいなんて、逃げたがってばかりいる人間はさらに生きづらい世の中になるだろうね。自分の理想っていうのは、逃げてたら決して手に入れられないよ。努力するしかないんだ。頑張って生きていくしかないんだ。どこにも逃げる場所なんかないんだから。
  じゃあ、死んでしまいますか。確かに死んでしまったらそこで終わり。逃げることはできる。でも、終わりだよ。自分という人間のすべてを失うこと。せっかくの幸せをつかむ可能性も、未来も、すべて失うんだ。生きていたって楽しいことは絶対に訪れないの??そんなこと誰が決めたのさ。幸せはくる、絶対に。そう信じて頑張って生きていくこと、自分にできる限りのことを自分のために努力してよ。諦めたらだめだよ。
  そう、生きていくことは99%が辛いことかもしれない。でも、1%でも希望があればいいじゃない。諦めなければ、可能性は無限なんだから。そう信じること、幸せになりたいっていうパワーが、きっと今の私を支えているんだね。



自己評価。     01、02、05
 ここでひとつ質問があります。実はARIKAが今まで生きてきた上で、すごく思うことがあるの。貴方は自分という人間が好きですか??
 ARIKAは思うんです。自分のことって、良いところも悪いところも全部、丸見えでしょ。悪いところって、ついつい目立っちゃうんだよね。自分が嫌いだっていう人は、たぶん理想の高い人だと思うの。もっともっと、なりたい自分になれるようにがんばってる。でも、ちょっと考えてみて、自分だって人間。完璧には、なれないと思う。たまには自分ががんばってるってこと、ほめてあげようよ。自分の努力を認めること、それって更なる努力の原動力にならない??でも実は、これをある友達に言ったら、他人に認めてもらえなければ嬉しくないって言われたんだけどね。うん、私は、それでも言いたいの。他の誰でもない自分のことだから、他の誰より幸せにしてあげたい。幸せになる努力がしたい。そして、幸せでありたい。ゴールなんてどこにもないんだから、いつか幸せになるんだじゃなくて、幸せでいたいんだ。
 そして、自分が好きな人。自分が好きって、満足しちゃうとだらけがちにならない??ARIKAはわりとそうなのね。努力している自分に酔って、努力してないくせに努力している気になっちゃう。たまには自分を見つめなおして、誰にでも誇れる自分でいられるように、がんばろうね。ぼうっとしてても人生って過ぎてっちゃうけど、せっかく生きてるんだから、はりのある人生おくろうよ。こうしてまとめてみると、自分に対しても飴と鞭を上手く使い分けようってことなのかな(笑)



生命を生み出すということ。     04、10、16
 ああ、どうしよう。書く順番が違うような気がする。結局ね、これと同じような内容のことを新コンテンツのほうでアップしてみました。最近ずっと、子供を産むという事について考えていました。ARIKAはずっと、自分が親の立場になったときのためにとこのサイトにいろいろな言葉を残してきたわけだけれど、実際今のARIKAは親になる自信も資格も希望もありません。
親になるということ、それはその子供の人生に対する責任を持つということ。少なくとも自分で自分のことが出来ない間は親がその子の気持ちをすべて受け止める責任がある。けれど私にはおなかの中で育む10ヶ月すら責任取れない。というより自分の中に他の生命があるなんて、怖い。むこうに書いたように自分のしたいことが出来ないなんてきっとすごいストレスになるだろうし、私にはどうしても我慢できない気がする。
生きることをこんなにもいろいろと書いてきたのに、恥ずかしいし、みっともないけど、、、どうにもできない。
むこうにあらかた書いちゃったので、こっちはこのくらいにしておきます。


喜びを知っているから
嬉しさを知っているから
楽しさを知っているから
人の温もりを知っているから

生きているからなんだよ